四年間務めた学習塾を畳む事になった

 タイトル通り、四年間務めた学習塾を畳むことになった。俺はいわゆる雇われ店長、もとい教室長、塾長なので、銀行への借金返済だの自己破産手続きだのどうのこうのといった煩わしい事とは無縁だと思っていたが、客が居る以上はやっぱり何かと煩わしいことは出てくる。

 

 とりわけ特殊なのが学習塾という形態だ。これがただのスーパーやコンビニ、小売店であれば、「あら、便利だったのに」とか、「これからは別の店に行かなきゃならんのか」とかで済む。地元でン十年続いていて常連客が頻繁に訪れるような店でもない限りは、いきなり翌日に玄関に「閉店のお知らせ。ご愛顧ありがとうございました」と張り紙があっても「ふーん」で済む話だ。

 ところが学習塾の場合はそうではない。文字通り毎日通うこともあるし、そういう意味ではジムも近いものがあるとは思うが、ジムの場合は個人の範疇で片が付くのに対し、学習塾の場合は客と店員の信頼関係に加えて保護者まで加わってくる。評判が悪く、全く信頼されていなければ「はいサヨナラ」で済むのでまだ楽かもしれないが、意外と惜しまれながらの閉校であることが発覚し、異業種異業界に転職する俺の良心が痛んでいる。

 

 そう、意外なのが、意外と惜しまれながら閉校するということだ。

 

 俺は自分で言うのもなんだが、かなり手を抜いて仕事をしてきた。実績だってそんなに大したことは無い。「あんな塾に通わなければ俺(うちの子)はもっと良い学校に通えていたはずだ」と恨まれている可能性すらあると思っている。

 ところが、「どこか別の教室で先生をされるなら移りたい」「またお世話になりたい」といった、大変ありがたいお言葉を何件か頂いている。「息子(娘)も先生の事が好きみたいで」「先生の教え方が合っていて」と言われれば、社交辞令かもしれないがやっぱり嬉しいものだ。

 

 しかし不思議なことに、振り返ってみても別段何もしていないのである。生徒の為を思って声を荒げたこともあまり無い。何かに親身になって相談に乗ったことも殆どない。ありふれたことを、ありふれた体で話し、知ったかぶりをしてきた。それでもこうして感謝されるというのは、あるいは天職だったのかもしれないなぁなどと思いつつ、そうでも思わないと諸々の煩雑な手続きをする気が起きないのであった。